■「亀山」はめでたき地名
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「亀山」という地名は、戦国時代、織田信長の命を受けた明智光秀が丹波を攻略し、現在の城址の地に城を築き、城下町整備をはじめ頃に付いたようだ。
明智光秀書状に「亀山」の地名と、「亀山普請奉行」と書かれていることがその根拠。
亀山の地名には、いくつかの命名説がある。その1=お城が築かれた場所が、亀の甲に似た岩盤であった地形説。亀山城は「亀宝城」「霞城」とも呼ばれた。その2=光秀公が中国の故事をもとに名づけた命名説。その3=「鶴は千年、亀は万年」といわれるように、中国の神仙思想、蓬莱思想に基づく吉祥説。その4=この地は古くから窯業が盛んで、生産していた「甕(かめ)」が「亀」に転化した地場産業説。その5=出雲の神々が亀に乗って丹波の地を訪れ、この地を統治したことに由来する神話説、など諸説がある。
いずれにせよ、戦国時代から江戸時代を通して、丹波「亀山」といわれ、江戸時代は「丹波亀山藩」と呼ばれた。
【01年6月9日発行、亀岡市民新聞第810号より】
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